ぴよぴよ映画感想ブログ

都内の大学院生の映画感想ブログです。個人的な感想です、何かを否定するつもりはまずありません。私の備忘録代わりであることをご了承ください。

ネタバレ無し映画感想『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』

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個人的点数:95点

 

概要

2015年、日本の作品。昨日レビューした劇場版『ちびまる子ちゃん(大野君と杉山君)』と連続して見ました。この二作は間に25年の開きがあるのですが(その間に更にもう一作『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』という作品が製作されたようですが、まだ見ていません)、さすがというべきか、25年の差異を感じることはほとんどありませんでした。

 

声優の素晴らしさ

映像演劇において同一役が交代する場合は、ルックスの違いから大きく印象を変えてしまうことがあります。いくら役者さんが技量を持っていたとしても、さすがに同じ役として見ることは出来ません。例えば『アダムス・ファミリー』シリーズで、1・2と3とだったらキャスティングが全く違うため別作品になってしまっていますよね。ノーラン監督の『バットマン』シリーズも、レイチェル役に違う女優を据えておりまったく印象が変わりました。

では「声」の場合はどうなのでしょう。声だけの仕事で、顔を含めた身体は映されません。声の代役というのはどうなのか。『ちびまる子ちゃん』シリーズでも何度も声優さんが交代しています。私が顕著に覚えているのは、おじいさんの友蔵役です。富山敬青野武島田敏と声優が代わっているのですが、私が一番身近に感じているのは、青野武さんです。とはいえ富山敬さんの声も覚えており、どちらも「友蔵」です。感心させてもらっているのですが、なんとその二人の演じるそれぞれの「友蔵」の印象があまり変わらないのです。同じ絵柄が動いているからというのが主な理由なのでしょうが、加えて声優さんの技量が違和感を上塗りしてくれています。代わった後の声優さんは、代わる前の声優さんのイメージを壊さないよう、しかし自分の演じやすいよう、上手く役を調整していきます。そうやって作品を受け継いでいくわけです。『サザエさん』のカツオ役や波平役も同じです。声質の違いは感じますが、印象の違いは感じません。『ドラえもん』の場合は役の印象も大きく変わりましたが、あれは作画からまず変えているので、別作品として再スタートするスタンスだったんでしょうね。

実は今回のこの映画は、島田敏の友蔵をじっくり鑑賞する初めての機会でした。青野武氏が逝去された後に後を継いだことは知っていましたが、演じているアニメは見たことがありませんでした。ですが、島田敏の友蔵、素晴らしかったです。きちんとこれまでの友蔵を尊重し、しかしどこか島田敏らしさのあるあの印象的な上ずった声、ぴったり当てはめて演じていました。役者って実力ある人は本当に魅力的だなぁ、と改めて思った次第です。よく「声優」は「役者」とは違う、なんて言われることがありますが、私はこれには反対します。声優も役者です。というより、役者の中に、声優・舞台俳優・映像俳優などの区分けがあって、と見るべきです。やってることはみんな基本同じだと思います。自身の感情を揺さぶって声や動きに当てはめるんです(と、私は習ったというだけのですが…受け売りです)。

 

二次作品感

本作は私が敬愛する『ちびまる子ちゃん』とはちょっと違うイメージです。キャラクターの妙な行動や発言に対して、それを皮肉った第三者視点のナレーションが補完する、あの一連のユーモラスな雰囲気を非常に愛していました。しかし考えてみるとそれは基本漫画や、それに基づく初期のアニメ作品に多い傾向なのです。段々と時代を経ていくうちに、キャラクターの個性がより際立って来て、キャラクター自身の奇抜な行動で全てのユーモアが補完されるような作品に変わっていきます。実際それはそれで面白いです。だから未だに愛されているんでしょう。ですが、私にはそれはさくらももこ氏の「二次作品」として映ります(私には、です)。全然問題はないのです、面白いんですから。私はどんな『ちびまる子ちゃん』も好きです。ですが、個人的に好みといえる雰囲気には偏りがある、というだけです。

本当は二次作品でもなんでもないんですよ、本作だってさくらももこ氏が脚本書いてますし。立派な一次作品です。しかしながら感じることとして、さくらももこ氏の『ちびまる子ちゃん』が、アニメ化などで大衆に愛されるようになって次第にそっちに迎合する形で変化していき、『ちびまる子ちゃん』として独り歩きしだすようになり、今度はさくらももこ氏がその『ちびまる子ちゃん』に合わせるようになる、というこの構図が看取されるのです。これは芸術作品にはよくあることです。限定的な人を対象としていて際立った個性もっていた作品が、その個性を理由に群を抜いてブームになり、今度は対象が大衆にかわるとそこから特色が失われて段々と他との差別化がなくなり無難な落ち着いていく。深夜番組で人気が出てゴールデンに映ったTV番組などにも、こうしたことが伺えます。しかしこれは世の常なのでしょう。どう変わろうと、面白ければ何も問題はありません。私は今でも『ちびまる子ちゃん』が大好きです。

 

総括

昨日レビューした『ちびまる子ちゃん(大野君と杉山君)』のほうがさくらももこ氏の特色が目立っていたと思います。が、私は本作のほうが点数を高く付けています。それは、本作のほうがアニメーション作品としてより面白く感じたからです。特色の強さと面白さは別の位相です。関連はするかもしれませんが、別のものとして考えるべきだと思っています。

さくらももこ作品としては『ちびまる子ちゃん(大野君と杉山君)』の方を薦めますが、一つのアニメーション作品としては本作のほうが私は楽しんで見ることができました。複雑ですが、そういうことです。どちらも面白く尊重しているということに変わりはありませんので、あしからずご了承ください。